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吽字義 吽字義 第25節|原典・現代語訳・TENMON解読

吽字義の第25公開単位「吽字義 第25節」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

1. 中立的な定義

吽字義の第25公開単位「吽字義 第25節」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

2. 書誌・著者・底本・対象範囲

T77 No.2430, p.404b14–p.408a29/対象:L100–L100

3. 原典

復次此吽字中有訶字是因。因縁所生法。於此法中諸外道二乘及大乘教等教網紛紜。各擧旗鼓爭稱僞帝。若外道若二乘若大乘。執有人有法有因有果有常有我。是等皆是麼字點中攝。即是増益邊未得中道。若執無人無法無因無果無常無我等。即是汚字點中攝。即是損減邊。亦未會中道。若執非空非有非常非斷非一非異等。阿字中非義中攝。若執不生不滅不増不減等八不等。又阿字中不義中攝。又若執無色無形無言無説等。亦阿字中無義中攝。亦未會眞實義。並是遮情之邊。若未解諸法密號名字相眞實語如義語者。所有言説思惟修行等悉是顚倒悉是戲論。不知眞實究竟理故。故龍猛菩薩云。佛法中有二諦。一者世諦。二者第一義諦。爲世諦故説有衆生。爲第一義諦故説衆生無所有。復有二種。爲不知名字相密號者。説第一義中無衆生。爲知名字相密號者。説第一義中有衆生。若有人能知此吽字等密號密義。則名正遍知者。所謂初發心時便成正覺轉大法輪等。良由知此究竟實義也

4. 検索用正規化本文

原典表記を検索可能な文字列として保持する。意味を変える自動置換は行わない。

5. 訓読・語法・異体字

異体字・旧字体・歴史的仮名遣いを原典欄に保存し、校異が未確定の箇所は断定しない。

6. 現代語訳

さらに、この吽字の中の訶字は因を表し、因縁によって法が生じる。その法をめぐって外道・二乗・大乗の教網が入り乱れ、それぞれ旗鼓を掲げて自説こそ帝王だと争う。人・法・因・果・常・我が固定して有ると執着するなら、麼字の点に含まれる増益の辺であり、中道に至らない。反対に、人も法も因も果も常も我も全く無いと執着するなら、汚字の点に含まれる損減の辺で、やはり中道に至らない。空でも有でもない、常でも断でもない、一でも異でもないと執着するなら阿字の『非』に含まれる。不生不滅・不増不減など八不に執着するなら阿字の『不』に含まれる。無色・無形・無言・無説などに執着するなら阿字の『無』に含まれる。これらも真実義そのものには届かず、執着を遮る側に留まる。諸法の密号・名字・相、真実語・如義語を理解しないなら、言説・思惟・修行はすべて顚倒と戯論になる。究竟の真実理を知らないからである。龍猛菩薩は、仏法に世俗諦と第一義諦の二諦があり、世俗諦では衆生が有ると説き、第一義諦では衆生に固定自性がないと説くと述べる。さらに、名字・相・密号を知らない人には第一義で衆生は無いと説き、それを知る人には第一義で衆生が有ると説く、という二つがある。この吽字などの密号・密義を知る人は正遍知者と呼ばれる。初めて発心する時にそのまま正覚を成じ、大法輪を転ずるといわれるのは、この究竟実義を知るからである。

7. 文献・教学上の文脈

空海著作の作品内構造と密教教学上の文脈を優先し、後代注釈やTENMON比較を空海本人の文へ混入させません。

8. TENMON言灵構造解読

有を足す麼の濁り、無へ削る汚の濁り、否定語そのものへ止まる阿の濁りをすべて越える。言葉は捨てる対象ではなく、根・現象・働きが一致すると真実語になる。澄んだ言灵は、有無のどちらかを叫ぶことでなく、状況に応じて空と有を同時に働かせる。

9. 比較研究

言灵秘書・古事記・カタカムナとの照合はTENMON比較研究であり、空海がそれらを直接解読したという歴史主張ではありません。

10. 未確定事項・反証・HOLD

未検証の悉曇字形・サンスクリット語形・歴史的直接継承を断定しません。

11. 証拠・確度

空海著作原典=A0、天聞作成の訳・整理=A1、TENMON構造解読=E5、比較仮説=E6。

12. 出典・巻・頁・行

L100–L100

13. 関連項目

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