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DEFINED TERM

「ソ」の言灵とは|一言法則・意味・水火構造|天聞解読事典

言灵50音・一言法則原文と現代解説を分離

「ソ」の言灵を、『言灵秘書』の一言法則と五十連上の位置から読みます。列挙語を一つの固定的意味へ縮約しません。

サ行・第5位

原文・一言法則

ソ・・・火水の靈也。形の無也、遅也、揃也、塩也、白也、底也、背也、始也、山也、磯也、所也。

出典:『言灵秘書』「五十行一言法則」(音別本文 P455)

水火分類

火水の靈。これは文献内の分類名であり、現代科学の分類ではありません。

主要語

形の無也、遅也、揃也、塩也、白也、底也、背也、始也、山也、磯也、所也

構造的な読み方

原文に列挙された語は、この音が資料内の複数の関係で働く範囲を示します。所属行の「躰」と一音の「用」を分け、語順・前後音・呼吸を含む文脈へ戻して確認します。

証拠と確度

  • 原文引用:資料本文の文字転記
  • 水火・位置:資料本文/公開構造案内
  • 現代説明:天聞解読による解説
  • カタカムナ・古事記・密教:直接根拠未登録のため関係を生成しない

関連

言灵事典言灵秘書五十音一覧一言法則水火分類

隣接音

言霊秘書本文|ソ(SA行)

五十連位置
ソ(SA行)
水火分類
水火の灵
出典頁
P455
宣言法則数
11

原文

此ソの一音に、十一の法則あり。先初に、

㊀形の無也。此、形無と云に不審あり。上のコの灵の火か、ロの濁水とくみて、水火と與みて、水火カタマるをソと云。しかれは、形ちあり。何そ今、形なしと云や。是に左右あり。コの灵の火か、ロの濁水に入終りて、全躰の形無き法則出る。上のヌバ灵のヌと同義なり。火、水中に入て、形見えぬより、形無きの法則出る也。此サの一行、惣て万物の正中を昇る水の灵とありて、此ときは火は躰にして、水は用也。水の昇るは、火のために動されて昇れとも、昇る用きの水は形を顕す。又、昇らしむる火の躰は隐れて、形ち見えす。故に、此音の形を見るへし。火の点は短くして、水の点は長し。又、此昇る水は用にして、其形顕れ、昇らする火は躰にして、形見えさる。只、形を目に見するの業さ也と知へし。今、形なしと云は、火の躰、水中に入隐るるを、火水の灵と云より、ソの音に形ちなしと云。俗言にも、ウソと云も、ウは起言にして省き、ソは形無きことをかたるを、ウソと云。

㊁遲也。火は早く、水は遲し。馬は陽獸なるか故に、走ること早し。牛は陰獣なる故に、歩こと遲し。今、此ソの音は昇る水の水灵にして、水なるか故に遅こと也。尤、火の為に昇る水なれとも、上に說くか如く、火は水中に入て形無く、昇る物は只水なれは、火水の灵とある。此一行総て、昇水の灵にして、水灵なることを心得玉へし。

㊂揃也とは、ソロフと云は、左右有語にして、此ソの音は上に解如く、火、水中に降りて火垂(左)をなし、水は昇水にして水氣(右)なり。其形を見て知へし。此火垂と水氣と有故に、ソの音に揄ふ也と有。水は水氣にして昇り、火は火垂にして降るへきもの。此左右あるにあらされは、揃ふとは云れす。主は左(火垂)にして、能臣の水に入て動かす。臣は君の火の為に動かされて動く故に、君は舩(ふね)、臣は水なと云。夫(ヲツト)は左にして、妻の水に入てうこかす。妻は夫の火の為に動て働く。是、左右ありて揃と云物也。もし、君の火動いて、臣の水動かさるときは、君臣の道違ふて失ふ。夫の火動きて、妻の水動かさるときは、夫婦の道欠けて、右左の理を失ふ。しかる時は、国家治らず。是を揃はぬと云。惣て、火は動さるもの、水は動流るるもの、是天地開闢の法則なり。若し、火の動くときは、必損失あり。若、水動き流れさるときは、益なき也。火、水に垂りて動かし、水は火の為に動き昇る。是を右左揃ふと云なり。其音は、火水の灵にして、火、水中に降りて形を隠して動かす。水は昇る水にして、動きて形を顕すのソの音故に、揃ふ也とある。

㊃塩也。ソの音は、水火の灵にして、火 水中に入て、水形をなすの音故に、水火(シホ)と云。塩と云ものは、火、水中に入て、其水の凝たるをシホと云。故に、浦人のシホを取るにも、暑氣の時、常に天の陽を侍て塩を取る。シホは、シは昇水の水の灵也。ホは、正火の灵。火の為に水昇りて、形をなすと云の名なり。故に、天に有りては星と云、地に有ては塩と云。時に、水の為に火光りをなす。故に、天に有ては、又シホと云。時に、火の為に水形をなす。故に、地に有て、シホといふ。此地中に生する物は、海水に限らす、皆シホ也。勝れたる名を負せて、海水のことのみを塩と云。

㊄白也。総て、此五十連の音を解くに、其音々々に循ふて、能音の全躰を定めて解くことにして、先つホの音なれは、おこると云か全躰也。今、此ソの音は、上のコの音の火と、口の音の水と與て、火、水中に隐れて、昇水と共にのほる水の音なれは、昇ると云か全躰也。昇ると云に付て、出る法則あり。コの音の火とロの音の水と與みて、コの火、ロの濁水の中に隠れて、昇水と水の昇ると云音なれは、昇る水に付て、出る法則あり。又、火の隠るると云に付て、出る法則あり。又、火は入、水は昇るの両義をかねて、出る法則あり。上に形無也とあるは、火の形隠れたるによりて、出る法則あり。又、揃と有は、火は水の為に水中に入と、水は火の為に昇ると、両義に付て出る法則なり。此如、コの一音の本に付て云こと故に、其差別の有と知るへし。已下の法則も、此如。今、白キ也とある法則は、昇る水の灵の義にして、昇れは水は必澄み、清きなり。上のラリルレロの濁水の音は、濁故に降る水也。今、ソの音は昇る水の故に、清して、白也の法則出る也。ハハソバなどと云ときは、ソは白きことにして、ハの白きと云こと。余は例して知るへし。

㊅底也。ソコとは、是火の垂るるに順ふて、出る法則也。此語は、水中の火凝と云語にして、水中に火の凝なれは、表へ顕れたることにはあらす。母の躰へ、父の火の一滴をやどしたる位にして、これをソコと云。今、ソの音は火水の灵にして、火、水中に入るの音の故に、ソコ(ソコの反ソ也)なりと有。

㊆背也とは、語を解かは、ウは起言にして省き、シは水の灵、ロはカタマること。則、水の凝る処也。此ソの音は、火の為に水こらされて昇る音の故に、ウシロ也とある。其水のカタマル処をウシロと云て、後(シリヘ)のことにするは何如ん。先、五躰に当てて云はば、腹は前にして火、背は後にして水故に、暑氣を凌かん為に風を受るときは、必背に受る。又、寒氣を除かん為に火を受るときは、腹に受る。これ自然の天理なり。山城の国と云も、山をシリヘにするより付たる名也。故に、此一音に限らす、惣て此一行は昇水の灵にして、水を宰る故に、ウシロをソと云と知へし。

㊇初也。万物形を顕すの初めは、皆水也。是か神代の卷の神秘なり。今、ソの音には、昇る水の灵にして、水を宰るの始の音なる故に、初也とある。故に、ソレと云も、ソは初の義にして、レは助音也。又、ソモソモと云も、ソは初也。モは舫也。始めに、其又始を舫せて、初めの始をソモと云。ソモソモと云も、軽重はあれとも、共に初語をなす。しかるに、近頃倭学者ありて、夫(それ)は発語なれとも、ソモソモは発語にあらす。其故は、漢文には、発語に抑(そもそも)と置しことなし。多く、語はの中に、発語に用ゆ。其例は、南方之強與北方之強與抑而強與と、詩経にも其例あり。且(かつ)て、発語に用ることなし。夫を、宝物の縁記なとの初めに、ソモソモと読出すは、腹を抱て笑うへき事也と云へり。是、皇国に產れ乍(ながら)、漢文に目を奪はれて、皇国の詞を知不ゆゑ也。先、漢文の抑(そもそも)の字はいさ知らす、皇国の音を以ソモソモと読ときは、実に発語也。今、此古伝にも、ソは始めなりと有て、しかれは発語なること明か也。天地自然の音にして、凡力の及処に非。自然の法則を以知るへし。漢文は漢文の法あり。夫と抑(そもそも)は発語なれは、何にと有て、其文を又起す也。漢文は今、皇国の語也。古への人の法則なり。此作者、漢文に敵対なす、何たるそや。

㊈山也。ヤマとは、ヤは文のこと。マは潤水の灵にしで、めくること。水の文やに回ると云名也。故に、山には必水多きもの故に、山は水を宰りて、山ビメなと云て、山はヲミナのことにする。京の祇薗会の山ホコなとも、ホコは男にして、山は女なり。故に、古へは、石を以男根を作り、山に行て男根を逆に土に指して、是を逆矛と云。是、山祭也。此如、回る水の義よりして、ヲミナを山と云。卑俗に、オ山又山ノカミ

(顕云やまのかみは妻の義にあらずイロハにおくはやまの上にあるによりて妻をオクと云へきをたはふれてやまのかみと云なり)

皆此法則より出る也。是、古言也。今、ソの音は、昇水の灵にして、水は即陰にして、ヲミナ也。故に、山をヲミナに配して、ホコを刺す。故に、ソの音に山なりと有る。

㊉磯也。イソとは、息のこと。ソは後ろのこと。海の、出入の息をする処の名也。よする浪は出る息。引波は入息。海水の出入の息きするは、水中に火入るゆゑなり。是、火、海水に形を隠して、海を動かす処をイソなりと云。顕云。此解然らす。イは息也。ソは所也。息する所と云義也。

⑪所也。此ソの音は、火水の灵にして、水の動きて形をなすもの。其水中に火の與故也。其故に、今所なりとあるトコロとは、上に解く如く、水火與み凝り堨ることなり。しかるに、ここに心得あり。同し水火の與こり堨るなれとも、上のコの音の水火のこりは、火、水中にくみこりて動ざること。今、ソの音の火水のこりと云は、胎内に凝りてあれとも、表に見へす。表は只、昇水の水にして、水の用きばかり。火は胎中に隐れて、水を宰る。同し火水の凝ることなれとも、コの音はこりて動かざる義より、処と云法則出る故に、仮字するにも、住処の処字を借る。今、ソの音は、火、水中にこれとも、火は見えす。水の用きばかり故に、トコロと云法則有て、方所の所の字を借る。当て所とする位ひの時は、火水の凝ると云より外なし。其れには別義なしと知へし。既に、ソの灵起て、地の初をす。其初を成すに順て、差別を分つのケの灵起る。

現代日本語訳

「形の無也」について要約します:

この概念は一見矛盾するように見えます。コの霊の火とロの濁水が組み合わさって水火が凝まる(カタマル)とき、それは形があるように見えるからです。

しかし、実際には火が水中に入り終わると、全体として形の無い法則が現れます。これは火が水中に入って形が見えなくなることから生じる現象です。

この時、火は体であり水は用とされ、以下の特徴があります:

– 水は火によって動かされて昇り、その用としての水は形を現します

– 一方、水を昇らせる火の体は隠れて形が見えません。

この「形なし」という概念は、火の体が水中に入って隠れることを指しており、これが「ソ」の音に「形なし」という意味が与えられる理由です。日常語の「ウソ」(嘘)も、形の無いことを語る言葉として、この概念に関連しているとされています。

「遅也」について要約します:

火と水の性質の違いを説明しており、火は早く、水は遅いとされています。これは自然界でも見られ、陽の性質を持つ馬は走りが早く、陰の性質を持つ牛は歩みが遅いという例で説明されています。

「ソ」の音は昇る水の水霊を表し、水の性質を持つため遅いとされます。ただし、これは火の力によって昇る水ではありますが、水中に入った火は形を失い、実際に昇るのは水のみとなるため、火水の霊とされています。

「塩(シホ)」について、以下のように要約できます:

基本的な構成:

・「ソ」の音は水火の灵を表し、火が水中に入って水の形を成すことを示します・「シ」は昇水の水の灵、「ホ」は正火の灵を表します

形成過程:

・火が水中に入り、水が凝って形を成したものを「シホ」と呼びます・浦人が塩を取る際も、暑気の時期に天の陽を待って行います

天地での現れ方:

・天では星として現れ、地では塩として現れます・水により火が光りを成すのが天のシホ・火により水が形を成すのが地のシホです

広義の意味:

・地中に生じるものは海水に限らず、すべて「シホ」の性質を持ちます・ただし、特に優れた形として海水から取れる塩に「シホ」の名が付けられています

㊄ 白(しろ)也(なり)

すべての五十連の音を解くとき、

それぞれの音には、全体の中で定まった働きと法則がある。

その一音一音を、全体(ぜんたい)との関わりにおいて理解しなければならない。

たとえば、最初の「ホ」の音は、「起こる(おこる)」という働きを持ち、

万物が動き始める“発動”の全体を示している。

今、ここで説く「ソ」の音は、

上にある「コ」の音(火)と「ロ」の音(水)とが結び合い、

火が水の中に隠れ、同時に昇る水と共に立ち上がる音である。

そのため、「ソ」という音には「昇る(のぼる)」という全体の意味がある。

「昇る」という作用には、必ず「出る」という法則が伴う。

「コ」の火と「ロ」の水が合わさることで、

火は濁った水の中に隠れ、

そこから昇る水の力によって「出る」法則が生じる。

また、火が「隠れる」ということ自体にも、

新たに「出る」ための法則がある。

火は沈み、水は昇る。

この\*\*相反する二つの働き(陰陽)\*\*が同時に存在するところに、

「出る」現象――すなわち“顕現”が起こるのである。

上に「形無し」と記されているのは、

火がその形を隠すことによって、

かえって「出る」働きを持つことを意味している。

さらに「揃う(そろう)」というのは、

火が水のために水中に入り、

水が火のために昇るという、

\*\*互いに補い合う両義(りょうぎ)\*\*によって成り立つ「出る法則」である。

このように、「コ」の音をもとにして見ると、

それぞれの音にはその差異と特徴があることがわかる。

以下の音も、みなこの原理に従っている。

さて、「白(しろ)き也」とある法則とは、

\*\*昇る水の灵(たま)\*\*を意味している。

水が昇るとき、それは必ず澄み、清くなる。

上の「ラリルレロ」は濁音であり、

濁った水が地に降るときの音である。

それに対して「ソ」は、昇る水の音――

つまり、濁りが澄み渡り、清らかに輝く水を示す。

ゆえに「白(しろ)也」の法則がここに生まれる。

たとえば、「ハハソバ(母そば)」などというときの「ソ」は、

「白き」「清き」を意味する。

「ハ(母)」と結びついて、「白く清らかな母の意」となる。

このように、「ソ」という音は、

昇り澄む水の灵を表し、

清浄・純粋・明るさ――

すなわち「白」の象徴なのである。

「背也(うしろ)」の解説の要約:

「ウシロ」という言葉の構成:

ウ:起言(省略される)

シ:水の霊

ロ:凝まること

人体における意味:

腹(前)は火の性質

背(後)は水の性質

暑さを避けるときは背で風を受け

寒さを防ぐときは腹で火を受ける

これは自然の理(ことわり)とされ、例えば「山城の国」という名前も、山を後ろ(シリヘ)にしていることに由来します⁠

「初(そ)」について、以下のように要約できます:

基本的な意味:

・万物が形を現す初めは、すべて水であるとされます・「ソ」の音は昇る水の灵として、水を司る始めの音とされています

言葉の用法:

・「ソレ」の「ソ」は初めの意味で、「レ」は助音です・「ソモソモ」は「ソ」(初め)と「モ」(舫)から成り、初めの始めを表します

発語としての性質:

・皇国の音としての「ソモソモ」は発語として使われます・これは天地自然の音であり、自然の法則によるものとされています

漢文との関係:

・漢文の「抑(そもそも)」とは異なる、日本固有の言葉の用法を持ちます・皇国の言葉としての独自性を持つことが強調されています

「初め」という概念について説明しています。万物が形を現す最初の段階、つまり「初め」はすべて水に由来するものであり、これは神話の時代に隠された神秘的な法則でもあるとされています。

ここで「ソ」の音には、水が昇っていく力が宿っており、水の働きを司る最初の音であるため、「初め」を意味するとされています。たとえば、「それ(ソレ)」という言葉でも「ソ」は「初め」を意味し、「レ」は補助的な音です。また、「そもそも(ソモソモ)」も同様に「ソ」は「初め」を表し、「モ」はつなぎの意味です。これは「初めの始まり」を強調している表現で、軽いか重いかの違いはあっても、どちらも「初め」を示す言葉として使われます。

しかし、近年の日本の学者たちは、「それ」は発語として認めていますが、「そもそも」は発語ではないと考える傾向があります。その理由は、漢文の中では「抑(そもそも)」という字が冒頭に使われることがなく、主に文の中で使われているからです。その例として、『詩経』でも「抑」は発語の役割ではなく、文中での使用例が見られます。

日本語では「ソモソモ」が文章の始めに使われることが自然とされているため、それを笑うべきだという考え方は、漢文に影響されて日本語の本来の意味を理解していないためです。漢文には漢文のルールがあり、日本語にも日本語の法則があるのです。こうした自然の法則によって、「ソ」は「初め」を表す音とされており、漢文のルールとは異なることを理解するべきです。

「そもそも」という言葉は、発語(言葉の冒頭に置く表現)として用いられ、その文を再び始める意味を持ちます。漢文は今や日本の言語となっており、古代の人々が作り上げた法則に基づいています。この文章の著者は、漢文の伝統や規則に対して反発しているように見受けられますが、それは何故なのでしょうか。

「ヤマ」という言葉の「ヤ」は「文(あや)」を意味し、「マ」は潤いを与える水の霊が巡ることを指します。このため、「ヤマ」は水が巡る場所という意味になります。山には必ず水が多く、山は水を司るものとして、女性的な存在とされ、「山姫(やまびめ)」とも呼ばれています。また、京都の祇園祭で「山鉾(やまほこ)」と呼ばれるように、鉾(ほこ)は男性、山は女性とされています。

古代では、山に男性の象徴である石を逆さに立てて、「逆矛(さかほこ)」とし、山の神聖さを表していました。これは、水が巡る場所である山が、女性として尊ばれていたことを示しています。また、俗に「お山」や「山の神」とも呼ばれるのは、この伝統に基づいています。

「ソ」という音は昇る水の霊を意味し、水は陰の要素、つまり女性を表します。これにより、山は女性として捉えられ、そこに男性の象徴である鉾を立てるという考えが生まれたのです。

TENMON解釈

この節では、言灵秘書の原文と現代語訳を分けて提示します。構造上の解釈は、この音が属する五十連位置と水火分類の関係として読み、原文を越える語源的断定は行いません。

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