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大日經開題 七種 第七 大日經開題(關以)|原典・現代語訳・TENMON解読

大日經開題 七種の第7公開単位「第七 大日經開題(關以)」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

1. 中立的な定義

大日經開題 七種の第7公開単位「第七 大日經開題(關以)」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

2. 書誌・著者・底本・対象範囲

T58 No.2211, p.1a04–p.12a19/対象:第七 關以|T58, p.11a10–p.12a19

3. 原典

第七 大日經開題(關以)
〔T58, p.11a10–p.12a19〕
關以受自樂。三等之理彼此無異。五智之覺人我同得。不起于座金剛即是我心。不經三劫法身即是我身。三部諸尊宛然而具。三妄衆障忽爾不現。無量福智不求自備。無邊通力不營本得。跛驢不得比滅沒之迹。疲車誰能角神通之行。經之大意教之大綱蓋如此乎大毘盧遮那成佛神變加持經。入眞言門住心品第一。其大毘盧遮那者應梵音云。此翻云除暗遍明是日之別名也。或云光明遍照。或説高顯廣博。摩訶者是梵語也。此翻有三。一竪横無邊際故云大。二數量過塵刹故云多。三是最勝最上故云勝。摩訶之言具此三義故云摩訶毘盧遮那也。成者不壞不斷不生不滅無始無終之義。此則法爾所成之成非因縁所生之成。文云我覺本不生。出過語言道。諸過得解脱。遠離於因縁。知空等虚空。即是大成之成非少成之成。次佛者具足應云沒馱。又云三菩提。是正覺正知之義。以如實智知過去未來現在諸衆生數常無常等一切諸法明了覺知故稱佛爲覺者也。一切賢聖各有分覺然未究竟。如來正覺圓滿洞達故曰大覺。非因縁所生之覺。是法然所得之覺。故文云法佛自然智已離一切暗。今就省文但云成佛。神變加持者。舊譯或云神力所持或云佛所護念。謂離如來威神之力。十地菩薩非其境界。況生死人。此故如來住於自在神力加持三昧。普爲一切諸衆生等。示現種種所喜見身。説種種性欲所宜聞法。譬如幻師以呪術力加持藥草能現種種未曾有事。若捨加持即皆隱沒。諸佛如來金剛之幻亦復如是。縁謝則滅機興則生。即事而眞無有終盡。故曰神力加持。又不測曰神異常名變。即是心之業用。始終難知。三種凡夫不能識知。十地聖者未知其邊。唯佛能知能作。故曰大神變。此神變無量無邊。分爲四。一下轉神變。二上轉神變。三亦上亦下。四非上非下。下轉者。從本覺眞心隨縁流轉作六道之神變。又聲聞縁覺等分作神通變化並是迷小之神變。法佛如來從大悲大定能作難思之事業驚覺聾蟄之耳目。如是等事下轉神變。上轉神變者。若有衆生發菩提心修行自乘教理昇進證本覺一心。則能轉變迷識神心證得自乘覺智。一切難思妙業隨心能作。即是上轉神變。亦上亦下者。法界身雲恒沙性徳無形不形無像不像。以一切形像爲一切法性塔。是則臨上則下臨下則上。並皆具四種身起大神通故云亦上亦下神變。非上非下神變者。非有爲非無爲一心本法及不二中之不二本法。越諸戲論絶諸相待。難思之本變化之源。故云非上非下神變。加持者又云加被。往來渉入爲加攝而不散爲持。即入我我入之義是也。阿等字者法界之體性。四種法身十界依正皆是所造之相。六字則能造之體。能造阿字遍法界而相應。所造依正比帝網而不礙。雖此不往彼不來。然猶法爾瑜伽故無能所而能所。故頌曰
六大無礙常瑜伽 四種曼荼各不離
三密加持速疾顯 重重帝網名即身
法然具足薩般若 心數心王過刹塵
各具五智無際智 圓鏡力故實覺智
經者貫串不散之義。以語密爲經以心密爲緯。織三業之絲爲海會之錦。錦文千殊同名爲錦。佛相萬差等得稱佛。入眞言門住心品者。梵本有二題。初云修眞言行品。次入眞言門住心品。入住之義已兼修行但著其一。眞言者。梵曰漫怛羅。即是眞語如語不妄不異之義也。龍猛釋論謂之密號舊譯云呪即非正翻也。品者品類也。統論經之大意所謂衆生自心品也。即是一切智智。如實了知名爲一切智者。此教諸菩薩以眞語爲門自心發菩提即心具萬行。見心正等覺證心大涅槃。發起心方便嚴淨心佛國。從因至果皆以無所住而住其心故曰入眞言門住心品。第者次第也。一者首也。此經有三十一品。是品居首故云第一 云云 」此經總有三本。一法爾常恒本諸佛法曼荼羅是也。二分流廣本。龍猛所誦傳十萬頌經是也。三略本。有三千餘頌。雖頌文三千經卷七軸。然猶以略攝廣以少持多。一字中含無邊義。一點内呑塵數理。何況百字字輪具説此經。三千餘偈何理不顯。廣略雖殊理致是一。諸家釋經者皆三分判經。今此眞言宗且約三部而釋。初如是等序分也當於身密。即爲佛部示身無盡藏故。次爾時世尊至囑累終是當語密。即爲蓮花部現語無盡藏故。信受等文是當意密。即爲金剛部表意無盡藏故。序正雖殊祕妙是一。身語不同平等不異 云云正安二年五月四日於神護寺西南房書寫了。爲興隆佛法也禪印 生年十八歳
出典

4. 検索用正規化本文

原典表記を検索可能な文字列として保持する。意味を変える自動置換は行わない。

5. 訓読・語法・異体字

異体字・旧字体・歴史的仮名遣いを原典欄に保存し、校異が未確定の箇所は断定しない。

6. 現代語訳

第七 關以|T58, p.11a10–p.12a19
第一・第五種の核心を再封印し、十八歳の禅印による書写奥書を伝える稿。

## 原典
開始:`關以受自樂。`
終端:`爲興隆佛法也禪印 生年十八歳`
## 真相現代語訳
第七種は冒頭が途中から始まる。三平等の理は彼此に異ならず、五智の覚りは他者と自己の双方に開かれる。座を立たず金剛は我が心、三劫を経ず法身は我が身であり、三部の諸尊、福智、通力は外に新造するものではなく本来具わる。
経題の解釈では、毘盧遮那の遍照、法爾の成就、如実知見としての佛、四種の神変、往来渉入としての加持、三業を織る経、阿字を本体とする六大・四種曼荼羅が再説される。反復は冗長ではなく、別の講説・書写状況において教義の中核を再び固定する働きである。
末尾には、正安二年五月四日、神護寺西南房で、十八歳の禅印が仏法興隆のために書写したという奥書がある。内容だけでなく、誰が、いつ、どこで、何のために写したかという履歴も正本の一部である。
## 言灵構造解読
“`plain text
経題の核心を反復

別の講説・書写環境で再固定

書写者・年月日・場所・目的を付す

教義とprovenanceを同時に継承
“`
## HOLD
冒頭`關以受自樂`の前文は欠けている可能性が高い。文脈上の補完候補はあるが、推定文を原典に追加しない。

7. 文献・教学上の文脈

空海著作の作品内構造と密教教学上の文脈を優先し、後代注釈やTENMON比較を空海本人の文へ混入させません。

8. TENMON言灵構造解読

第七 大日經開題(關以)
〔T58, p.11a10–p.12a19〕
真相現代語訳

この第七種は冒頭が途中から始まり、「関門を除いて自らの法楽を受ける」と続く。三平等の理は彼此に異ならず、五智の覚りは他者と自己の双方に得られる。座を立たず、金剛はそのまま我が心であり、三劫を経ず、法身はそのまま我が身である。三部の諸尊は本来具わり、三妄をはじめとする障りは忽然と現れなくなる。福智と通力は外に求めず、本来すでに具足している。遅い驢馬や疲れた車を、神通の歩みと比べることはできない。これが経の大意である。

『大毘盧遮那成佛神變加持經・入眞言門住心品第一』の「大毘盧遮那」は、暗を除き遍く明らかにする、光明遍照、高顕広博を意味する。「摩訶」は無辺の大、刹塵を超える多、最勝最上の勝という三義を具える。

「成」は不壊・不断・不生・不滅・無始・無終で、因縁によらない法爾の成就である。「佛」は正覚・正知の覚者であり、諸法を如実に知る。賢聖は部分的な覚りを持つが、如来は円満な大覚を成ずる。この覚りは因縁によって作られず、法爾として得られる。

「神變加持」は、如来の威神力によって衆生に応じた姿と法を示すことである。幻術師が薬草を加持し未曾有の像を現すように、縁が尽きれば隠れ、機が興れば現れるが、事に即して真であり尽きない。神変は心の働きであり、下転・上転・上下倶・非上下の四種に分かれる。下転は本覚真心が縁に従って六道へ流転する変化、および法身如来が大悲によって迷者を驚き覚ます働き。上転は菩提心を起こし、迷識を覚智へ転じる働き。上下倶は法界の徳が形なきものにも形をとり、一切形像を法性塔とする働き。非上下は有為・無為と相対を超えた変化の根源である。

「加」は往来渉入、「持」は摂して散らさないこと、すなわち入我我入である。阿字など六大は法界の体性で、四種法身と十界依正はその相である。能造と所造は帝釈網のように無礙で、こちらからあちらへ物理的に移動しなくても、法爾瑜伽によって互いに相応する。

六大は無礙に常に瑜伽し、四種曼荼羅は離れない。三密加持によって速やかに顕れ、重々帝網を即身という。法爾に一切智を具え、心王・心所は刹塵を超え、各々が五智・無際智を具える。

「經」は貫き連ね散らさない。語密を経糸、心密を緯糸、三業を糸として海会の錦を織る。多様な仏相は同じ仏性の異なる現れである。

「入眞言門住心品」は、真実の語を門とし、自心の菩提心・万行・正覚・涅槃・仏国土荘厳を一連の過程として明かす。因から果まで無所住にして心を住せしめる。三十一品の最初なので第一という。

この経には、諸仏法曼荼羅として常に存在する法爾常恒本、龍猛が誦伝した十万頌の広本、三千余頌・七巻の略本がある。略本は少ない文字に広大な義を収め、一字に無辺義、一点に塵数理を含む。序分は身密・仏部、正宗分は語密・蓮華部、信受の文は意密・金剛部に配される。身と語は異なっても、秘密の妙と一如平等は同じである。

末尾には、正安二年五月四日、神護寺西南房において、十八歳の禅印が仏法興隆のために書写したという奥書がある。
言灵構造解読

1. 反復は冗長ではなく、教義の再封印

第七種は第一・第五種と多くを共有する。異本間の反復は、単純な重複ではなく、経題の核心を別の講説状況で再び固定する働きである。

2. 冒頭欠損の制動

本文は`關以受自樂`から始まり、前文が欠けている可能性が高い。文脈上「重関を除いて自法楽を受ける」に接続するが、欠落部を推定補完して原文としない。

3. 書写奥書の意味

十八歳の禅印による書写は、この本文が空海の自筆そのものではなく、伝承・書写を経た正本系統であることを示す。言灵の継承には、発話内容だけでなく、誰が・いつ・どこで・何のために写したかという履歴が含まれる。
________________

七種を貫く統合解読

七種は独立した講説・草稿で、内容の重複と異同を持つ。共通する核心は次の通りである。

衆生は本宅を外に探す

大日は自心に本有する五智・法身・曼荼羅を示す

真言・印・観想によって身口意を同じ方向へ揃える

加持によって仏と衆生が相互に入り合う

声字・身体・心のすべてが法界の働きとして顕れる

即身成仏

大日経開題における言灵の定義

言灵とは、声だけが超自然的に結果を起こす力ではない。真言の声、字の形、印の身体動作、観想の心を一致させ、仏の智慧と衆生の生命を相互に渉入させ、散らさず保持する三密の運用である。

七つの中核語

| 語 | 構造的意味 |
|—|—|
| 大 | 相対を超え、他を排除せず包む無辺 |
| 毘盧遮那 | 内外・昼夜を分けず遍照する智慧 |
| 成佛 | 後から作るのではなく、本覚を顕在化する |
| 神變 | 本体を壊さず、機根に応じて姿・声・法を変える |
| 加持 | 往来渉入し、摂して散らさない入我我入 |
| 經 | 身口意を縦横に織り、法界の関係を保持する |
| 阿字 | 本不生を示す諸字門の根本。ただし欠落字母は補わない |

最終裁定

空海がこの七種を通して示すのは、「仏は遠方にいる絶対他者であり、長劫の末にのみ到達できる」という構図の反転である。法身・五智・曼荼羅・諸尊は自心に本具し、修行はそれを空想で作るのではなく、三密によって身体・声・心の分断を解き、法界の相互渉入を現すことである。

ただし、この統合は本文の教義構造に基づく解読であり、歴史学上の成立過程、各梵語の唯一の原形、欠落した悉曇字、真言音写の正確なサンスクリット復元、宗教的体験の客観的証明までは、この資料だけでは確定しない。
底本・出典

9. 比較研究

言灵秘書・古事記・カタカムナとの照合はTENMON比較研究であり、空海がそれらを直接解読したという歴史主張ではありません。

10. 未確定事項・反証・HOLD

未検証の悉曇字形・サンスクリット語形・歴史的直接継承を断定しません。

11. 証拠・確度

空海著作原典=A0、天聞作成の訳・整理=A1、TENMON構造解読=E5、比較仮説=E6。

12. 出典・巻・頁・行

第七 關以|T58, p.11a10–p.12a19

13. 関連項目

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