本文へ移動

DEFINED TERM

吽字義 吽字義 第22節|原典・現代語訳・TENMON解読

吽字義の第22公開単位「吽字義 第22節」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

1. 中立的な定義

吽字義の第22公開単位「吽字義 第22節」を空海著作原典・現代語訳・TENMON解読に分けて読むページです。

2. 書誌・著者・底本・対象範囲

T77 No.2430, p.404b14–p.408a29/対象:L97–L97

3. 原典

第四摩字實義者。所謂摩字門一切諸法吾我不可得故。是名實義。所謂我有二種。一人我。二法我。人謂四種法身。法謂一切諸法。從一法界一眞如一菩提。乃至八萬四千不可説不可説微塵數法是。如是四種法身雖其數無量。而體則一相一味無此無彼。既無彼此寧有吾我。是則遮情實義。此處則金剛已還四種行人等。希兮夷今如聾如盲。絶之又絶遠之又遠。四句不及六通亦極。是名絶言之實義。

4. 検索用正規化本文

原典表記を検索可能な文字列として保持する。意味を変える自動置換は行わない。

5. 訓読・語法・異体字

異体字・旧字体・歴史的仮名遣いを原典欄に保存し、校異が未確定の箇所は断定しない。

6. 現代語訳

第四に摩字の実義を説く。摩字門では、一切の法について「私」「私のもの」と固定できる吾我は得られない。これが実義である。我には人我と法我の二種がある。人とは四種の法身をいい、法とは一切の諸法をいう。一法界・一真如・一菩提から、八万四千、さらに不可説不可説の微塵数に及ぶ法までがそれである。四種法身は数として無量だが、その体は一相一味で、こちらとあちらという隔てがない。彼此がなければ、どうして固定した吾我があろう。これは執着的な思いを遮る実義である。この境地では金剛位に至る以前の四種の修行者は、見ようとしても見えず、聞こうとしても聞こえず、捉えようとしても捉えられず、聾者や盲者のようである。否定をさらに否定しても届かず、遠くまた遠い。四句分別も届かず、六神通も極まる。これを言葉が絶える実義という。

7. 文献・教学上の文脈

空海著作の作品内構造と密教教学上の文脈を優先し、後代注釈やTENMON比較を空海本人の文へ混入させません。

8. TENMON言灵構造解読

字相ではマが囲い込む我を示したが、実義では境界を円く潤し、彼此を越える。人我・法我の囲いがほどけると、無数の身と法が一相一味として互いを含む。

9. 比較研究

言灵秘書・古事記・カタカムナとの照合はTENMON比較研究であり、空海がそれらを直接解読したという歴史主張ではありません。

10. 未確定事項・反証・HOLD

未検証の悉曇字形・サンスクリット語形・歴史的直接継承を断定しません。

11. 証拠・確度

空海著作原典=A0、天聞作成の訳・整理=A1、TENMON構造解読=E5、比較仮説=E6。

12. 出典・巻・頁・行

L97–L97

13. 関連項目

吽字義一覧へ戻る